小林麻央のインタビューの内容は?1月9日放送の市川海老蔵にござりまする

2017年1月9日(月)の22時から日テレ系で市川海老蔵こと、堀越家を独占密着した『市川海老蔵に、ござりまする』が放送されました。

番組中で本人もおっしゃっていましたが、海老蔵さんの人生はとても波乱万丈なものです。

襲名や、ご自身の事件、大好きな父との別れ、そして今回の麻央さんのご病気‥。

身近な歌舞伎仲間にも、日テレ取材班にも知らせていなかった海老蔵さんの心境とはどのようなものだったのでしょうか?

今日は昨夜放送されたテレビの内容について、くわしく触れていきたいと思います。

少し時系列が前後して読みにくいかもしれませんが、最後までお付き合いいただけたらと思います。

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堀越家に密着

2016年2月 海老蔵さんは中東にいました。リゾート地として注目を集めている、フジャイラ首長国という国で歌舞伎の公演を行います。

今まで海老蔵さんは日本の伝統文化を知ってもらおうと、意欲的に海外で歌舞伎公演を行ってきました。

アジアやヨーロッパと比べ、日本の伝統文化である歌舞伎になじみの薄い中東で公演を行おうというのが狙いです。

海老蔵さんは忙しく、その2週間後にはニューヨークにいました。カーネギーホールという世界のミュージシャンがコンサートをしたりする格式のあるステージです。
そこで行われる初めての歌舞伎公演のチケットはその時すでに完売で、注目度の高さが伺えます。

海老蔵さんはお客さんが満足する舞台ではなく、「また見たいね。次はいつあるの?」と言ってもらえる舞台を目指しています。

そんな多忙を極める海外公演中も麻央さんとの連絡を欠かさない海老蔵さん。家族思いの顔を覗かせていました。

麻央さんと電話で話するときは1時間電話することはしょっちゅうだそうで、仲の良さが伺えます。

エビ「麻央の内面に惹かれていますよね~未だに。出逢ったとき、あ~この人と絶対一緒になるんだろうな~って思いましたね。」

そんな海老蔵さんの口から、なんと!麻央さんも歌舞伎座の舞台を観に行ったとき、海老蔵さんに対して「家族になれるだろうな。」と思ったんだそうです。

これが本当の赤い糸ですね(*´ω`*)

 

そして時は進み、2016年6月の麻央さんの病状についての会見の日。

 

日テレ取材班に「びっくりした?そうだよね~ずっと誰にも言ってなかったからね~。正直言うと1年8か月前からだからね。」

麻央さんは海老蔵さんに対して「ごめんね。1年8か月もたかとしさんに支えてもらって、色々ガマンさせた上にこんなことになってごめんね。」と言っていたそうですが、本人は「関係ないよね。当たり前だと思うよ。」と言ってました。

麻央さん、とても海老蔵さんに気を遣っていますね‥。。

あまりに突然のスクープと衝撃的な内容でマスコミ各社は騒然となりました。

会見が始まる前に海老蔵さん「ほんと麻央と子どものことが心配だよね。。会見でどう話すか?」幼い子どもへの影響を心配して麻央さんに電話し相談していました。

 

「乳がん 1年8か月前に発覚」

病状は比較的深刻。本人が一番つらいです。元気になりたいという気持ちと、小さい子どものそばにいられない母の気持ち。
私には計り知れないつらさ、苦しさが闘っているんだろうと思います。
これから静かに見守ってもらいたいというのが私たち家族の願いです。

と全ての質問に真摯に丁寧に答えました。


その会見の2週間後、海老蔵さんは子ども2人を連れて、長野県志賀高原へ遊びに来ていました。

エビ「オレ今まで色んなことあったじゃん。本当に色んなことがあって、10代の頃から、襲名、事件、父の死とか、人に比べてありすぎるくらいある。この前の会見があるまでの1年8か月、いろんなことを考えたり、思ったりしながら過ごしてきたものがパッ表にでちゃって、会見開いてから自分自身が変わったな。
テレビ取材受けていても、なぜマオ来ない?って思ってるだろうって、どうやって切り抜けようか常に考えていた。
それに関して言うと、麻央も集中できるし、私も堂々としていられる。今まで堂々としてなかったんだろうね。」

1年8か月孤独な思いを隠してきた海老蔵さん。。

会見以来、海老蔵さんが行く先はマスコミが群れをなして、質問の嵐。

そうっと見守って欲しいという願いは聞き入れてもらえなかった。

 

2014年3月 熊本県山鹿市の八千代座で麗禾初舞台。娘の不安をぬぐおうと麻央さんも同行していました。

そこで結婚4周年祝いのケーキを出してもらい、「うれしい~色々思い出しちゃって。」と麻央さん号泣。

実はこの1か月前に海老蔵さんの付き添いで行った人間ドックで左胸の腫瘤の存在が分かったのです。

再検査の結果、5分5分と言われたが、組織を取る検査をしなくてもいいか?と聞くと、「心配はいらない。念のために半年後に診察しましょう。」そう告げられたそう。

 

2014年9月 京都南座 月の25日間、舞台に立ち続ける。大変な世界で生き続ける海老蔵さん。

子煩悩な海老蔵のそばに麻央さんが子どもを連れて来る。

麻央「歌舞伎の家は家族みんなでやっていくというのが形としてあるので、どういうときも家族みんなでいられるのが大事なのかな。って思います。」

 

あれから8か月が経とうとしていた2014年10月のある日。

胸のしこりが大きくなった!?すぐ病院に連絡して診察してもらい、組織取る検査を受けて結果を待ちました。

海老蔵さんはのちに悔やんでいる。「時は取り戻せない。」と。

その最中、海老蔵さんは東京 日本橋でこれまでにない挑戦をしていた。

能・落語・歌舞伎と、伝統芸能を一堂に集めた画期的な公演に取り組んでいた。

‥しこりの精密検査を受け、やがてガンが分かる。


歌舞伎仲間にも言わず、すべてを抱え、受け止めると決めた。

時は戻らない。立ち止まったら前に進めない。
ひたすら芝居を続ける。家族で病と闘っていく。
家族が同じ方向を向いていれば、いくら暗闇でも、光が見つかる。

先の見えない闘病に折れそうになる妻の心。

それは海老蔵の決意と覚悟だった。

 

2015年10月 長男勧玄くんの初お目見えの記者会見が行われました。

ガン発覚から1年ほど経ち、闘病中の麻央さんも裏で待機し、勧玄くんを支える姿が見られました。

闘病中だったのでどうするか迷いにまよいましたが、夫婦で相談した結果、麻央さんは舞台裏で支えると決めたのです。

翌11月に東京の歌舞伎座で勧玄くん(2歳8か月)初お目見えの舞台に臨むこととなります。
25日間にも及ぶ舞台はとても過酷な現場です。

そこで母麻央さんは海老蔵さんの母希実子さんと観客席でそっと見守ります。

舞台にて「ほりこし~かんげんにごじゃりましゅる~。」とかわいいながらも、しっかりと挨拶ができた勧玄くん。

裏に戻ると‥

麻央「お疲れ様です~。大きい声だったよ。頑張りました。明日も明後日も、し明後日も頑張ってね。ね?」
エビ「酷だけどね。」

それから会話中に海老蔵さんが「大丈夫?麻央大丈夫?」と麻央さんの体調を気遣っているシーンが見られました。

そして長い舞台も終わりにむかい、千穐楽を迎えました。

麻央「終わって良かったね。」
エビ「麻央がこの公演の立役者ですよ。」

後にブログで明かしています。‥麻央さんのガンは肺と骨に転移していることを。

 

2016年3月 この日は勧玄くん3歳の誕生日。麻央さんはいない。

妻の闘病を支え、仕事場へ子どもを連れてくる機会が増えた。

そばにいるはずのママがいない。幼い子ども達はそれをどう受け止めているのか?海老蔵の心は痛む。

 

2016年8月 麻央さんの病を公表して2か月が経った。

海老蔵さんは源氏物語の舞台公演を行っていた。化粧をし、衣装をまとうと歌舞伎役者の魂がその身に宿る。

子は夏休みに入って、公演先の名古屋へ招かれていた。

エビ「お肉食べたい子~」
カン「カンカンうねぎ~」
エビ「うなぎは明日だよ(笑)」

 

歌舞伎役者は家を空けることが多いので、子も家を空けることに慣れていると思っていたが、麗禾が外食先で急にご飯を食べなくなった。

何を言っても答えてくれない。何かイヤなの?

エビ「お散歩してきます」2人で散歩へ。

エビ「麗禾がすごく分かっている子なんですよ。勧玄は分かっているんだけど分かっていない。女の子はやっぱ早いね。どういう状況でお母さんがいないかってことも分かっているし、周りの子がお母さんと遊んでいるのを見るのがイヤだったりとか。非常によく分かっているんですよ。清算できない悲しさがある。何もないときに泣いたりする。ママはいつ帰ってくるの~?と。
その度に『ごめんね』と言って抱きしめる。それしかないですよね。ずっと抱っこして彼女はパパが気を遣っていると理解して、落ち着くんです。大人だ。」

小さな体に溜め込んだ大きな悲しみ。

それを全部引き受けることができるなら‥海老蔵は思う。

 

2016年9月 海老蔵は1か月休みを取った。これだけ長く舞台をあけるのは久しぶり。

子どもと虫取りへ。むじゃきな弟を麗禾が引っ張る。
姉として頑張ろうとする麗禾の健気な心。その強さを海老蔵は知っている。

夏休みの1日、海老蔵は時間を作って麗禾と2人で食事へ。

ご飯をアーンと食べさせてあげて「どう?おいしい?」

エビ「麗禾の急成長はブランコがすごいんですよ。ブランコに立てるようになった。負けず嫌いなのか、芸能人気質なのか分からないけど、周りに見て欲しい。競争してカンカンがずるして勝っちゃうと、泣き崩れる(笑)」

パパはやさしく包み込む。

夏休み中、入院していた麻央の元へも通った。そこには、ひたすらに妻を思い、必死に痛みを分かち合おうとする夫・堀越寶世がいた。

 

2016年9月 休み明け、海老蔵は新しい挑戦をしようとしていた。

歌舞伎界を牽引してきた市川宗家の歴代団十郎の誰も成し遂げなかった試み。

1か月かけて全国を回る特別公演。地方巡業で初めての試み。

市川宗家が大事にしてきた歌舞伎18番の一つ、7代目團十郎が作り上げた演目、『勧進帳』をやる。

 

2016年10月 熊本県山鹿市 八千代座にいた。海老蔵にとって思い出の芝居小屋である。

エビ「麗禾が初めてのときに『堀越麗禾』ってのぼりが立ったんだよね~なつかしい。」

その頃麻央は子どもの運動会に出席。

エビ「命をかけた闘いが日々行われているわけで、前向きな行動が取れる。私が同じだったら、自分はできなかったですね。やっぱり強いと思うよ麻央は。」

「生きたい」ではなく「生きる」と、ガンの影に隠れず書き綴ったブログに共感を寄せている人が多くいる。
また、同じように闘病をしている人に勇気を与えている。

そんな麻央に海老蔵は力をもらっている。

麻央ブログ「私はステージ4だって治したいのです。5年後も10年後も30年、あわよくば40年生き続けたいのだーー!!!!」

エビブログ「オレが助けるーーーーー!!!!!」

エビ「僕は今まで、人のために生きることがなかったのね。弁慶は義経のために生きるってことだから、今の僕に重なることが多々あって。いや僕というより麻央かな?麻央と義経がかぶる時がある。生き方が。弁慶は心底、義経に惚れているんですよ。僕が前まで演じていた弁慶は義経は死ぬ気で守る。是が非でも力で乗り越える。しかも力づくで守るっていう弁慶だった。今はこれの裏に何があるかな?っていのが出てきている。力の根源があった上で、力があったらいいんじゃないかな。この人のためにというのが乗り越える声になる。」

海老蔵の弁慶はやさしく強く見えた。

 

2016年12月31日 病院にいた。

スタッフが病室に入って行くと‥

麻央「こんにちは~ご無沙汰してます。そんな暗い顔しないで下さい。大丈夫ですよ~。」といつもの麻央さんが!

エビ「どう?調子は?」

麻央「今ね、ちょっと動いたから息が上がってる。加湿器お願いしようと思って。」

エビ「あっ水?」

麻央「湿度には敏感だよね?」

エビ「役者だから(笑)」

麻央「(海老蔵さんの今日の服装について、スタッフに向かって)黒いマスクに黒いサングラスって見たことあります?1か月ぶりに会ったときにそんな姿見て怖かった~(笑)。」

麻央「もう年末だね。って今日で終わりかーー」

エビ「行く?てこてこ歩いて行く?」

麻央「着替えなきゃいけない?」

麻央さんの手を引っ張る。

麻央「腹筋がない~悲しい。」

 

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小林麻央さんのインタビューのすべて

2017年1月4日のインタビュー時に麻央さんが話した内容のすべてです。

闘病してから1年以上過ぎたときに、私の母と主人と私と話しているときに、もう1年以上もこんなに迷惑かけて、もうこれ以上迷惑かけれない。と言ったことがあったんですね。
もう1年以上だよという風に言ったら、主人が「1年が何だよ。ずっとなんだよ。」って言ったんですね。
で、「麻央のお母さんはずっとお母さんで、オレはずっと麻央の夫で、みんな家族なんだよ1年がなんだよ。ずっと支え合うんだよ。」って言ってくれて、その言葉は本当にすごくうれしかったです。

 

スタッフ「役者市川海老蔵という存在をどうご覧になっていますか?」

義父が亡くなってから主人を見ていて、すごく孤独だな~って感じることが多かったですね。
でそれが家族の愛とかで埋められる孤独ではなくて、やっぱり彼自身が歌舞伎の家に生まれて、歌舞伎役者として彼自身として生きていく上での孤独っていうのをすごく感じることが多くて、父が亡くなってからの主人っていうのが、そういう場面を見せるわけではないんですけど、明るくて前向きで、常にポジティブな主人の姿はあるんですけど、そういうなかに主人の孤独を感じることが私自身は多かったですね。

私が病気になって、私自身も誰かに話したりとか、誰かと共有しきれない苦しみとか悲しみ、どうしようもない思いっていうのを、私なりに経験したわけで、今2年経って、主人が前言っていたときには私には理解できなかった考え方とか、そういうことを主人の心の持ち方だったり考え方だったり、そういう感覚ですね。
少し理解できるというか想像できるようになってきた部分が不思議とあって。

私が病気をして得たものの一つかなって思っていて。
で、そう思うと、病気をする前よりもちょっといいパートナーに。
もし私がこの病気を乗り越えて、今私私なりにある試練というものを乗り越えられたときに、病気をする前よりもちょっといいパートナーになれるんじゃないかな~っていう。(涙)

主人はいつも俯瞰(ふかん:「高いところから見下ろす」という意味)して物事を見るっていうことを教えてくれるんで、「ああそうじゃなかった。今、痛いのは事実だけど、それだけじゃないんだ。もっと世界を広げてみないといけない。」っていうことを思い出させてくれる。

そういう意味では闘っていくなかで、心の持ちよう、前向きな持ちようを主人にはすごく教えてもらっていますね。

私が持っているものさしとは違うものさしでの物事の味方を教えてくれるので、見せてくれているっていうか。

すごく病気になるまでは「もう~なにわけ分からないこと言っちゃって~」って思うことが、結構あったんですけど、「もう分かんないよ~」みたいな(笑)。

公になってからは「ありがたい」って、主人と結婚したからこそ今私は生きていられるんだなって思います。

そうじゃなかったら心が消えていますね。

だからすごーく感謝しています。」

まとめ

私にも小さい子どもが3人おり、麻央さん、海老蔵さんの気持ちを思うと胸が締め付けられる思いです。

麻央さんのインタビュー映像を見て、麻央さんはどれだけ純粋な人なんだろうと涙が出ました。

神様は空から海老蔵さん一家のこと、ちゃんと見ていますよ!

麻央さん。奇跡はこれからですよね!絶対元気になって下さい。

私、待ってます!!

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