広島平和記念資料館のホルマリン漬けがトラウマ!吐き気に苦しむほどグロい?

原爆資料館のホルマリン漬け

《本記事はプロモーションが含まれています。》

1945年8月6日に世界で初めて広島に原爆が投下されて、およそ14万人の方が亡くなりました。

そんな当時の被爆者の証言や写真、遺品などが展示されているのが広島平和記念資料館です。

展示されたボロボロになった三輪車や、真っ黒こげの弁当箱、背中一面にやけどを負った少年の写真などの実物を目の前にすると言葉を失ってしまいますね…。

 

そんな資料館の中でもトラウマになると言われているのが、被爆者のケロイド状になった皮膚のホルマリン標本被爆再現人形です。

なかには資料館で吐き気をもよおして体調が悪くなる方も出ているほどです。

そこで今回は、実際に展示されていたホルマリン標本と被爆再現人形とはどのような物か紹介していきます。

それでは見て行きましょう。

【閲覧注意】
こちらの記事では、広島平和記念資料館で過去に展示されていた被爆再現人形や被爆者の遺品の画像が出てきますので、閲覧が心配な方はここでページを閉じて下さい。

 

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広島平和記念資料館(原爆資料館)のホルマリン漬けや蝋人形がトラウマになる?

広島平和記念資料館の本館は改修工事のために閉館して、2019年4月25日にリニューアルオープンしました。

それに伴い遺品の劣化も考慮して、展示物はほぼ総入れ替えされました。

入れ替えをせずに残してある物は主に以下の3点になります。

三人の中学生の遺品

出典:広島平和記念資料館

  • 三輪車
  • 3人の中学生の遺品
  • 弁当箱

これらは原爆被害の象徴的な展示物として、新しい資料館にも引き継がれています。

 

広島平和記念資料館には、現在2点のホルマリン標本があります。

標本が展示されている場所は、本館の4『生きる』のコーナーです。

平和記念資料館のホルマリン漬けとケロイド標本

背中にケロイドを負った男性の写真が大きく掲示されているコーナーに、被爆を負った手の爪や、体から出てきたガラス片が展示されています。

ケロイドの写真にうつっている男性は吉川清さんと仰る方で、「原爆一号」と呼ばれた平和活動家の方です。

書籍化されて、当時の新聞にも掲載されました。

 

そこにケロイドの標本も一緒に展示されています。

  • 左足の太ももにできたケロイドの切片
  • 右腕~ひじにかけてできたケロイドの切片

【※胎児のホルマリン標本がある(あった)という情報が見られますが、係員の方に聞いたところ「広島には胎児のホルマリン標本はない」とのことでした。】

リニューアル前は、被爆女性の抜け落ちた髪の毛も展示されていましたが、展示開始から20年以上経過していたため、劣化を考慮して現在は資料庫へと移動しています。

 

ほかにも1973年から、火傷を負って皮膚をぶら下げて歩く被爆再現人形も展示されていましたが、被爆者から「被害はこんなものじゃなかった」と否定する声があったため展示をやめたそうです。

「実際の原爆の被害を軽く受け止められかねない」という意見がありました。

小さいお子さんがこの人形を見ると「お化け屋敷みたいで怖い。」と怯える子がいたと言います。

実際は、悲惨すぎる事実を目の当たりにして具合が悪くなる方がいるので、展示をマイルドにしたのではないかとも言われています。

リニューアルによって撤去された被爆再現人形はこちらです。

本物の資料ではないにせよ、「原爆被害の悲惨さをわかりやすく視覚に訴えるので、撤去するべきでない」と広島市民から署名が集まったそうです。

くまきちくん
被爆再現人形がここまで議論されていたとは…。

 

しかし、資料館には被爆者の遺品がたくさん寄付されており、それぞれの持ち主が分かっているので、被爆者一人ひとりにフォーカスした展示に変更されることになりました。

リニューアルによって、人の手で作った物ではなく”実物展示”に重点を置くことになったそうです。

 

展示物の中でもトラウマになる…と、一部の方から懸念されているのがホルマリン標本です。

現在では、フロアのコーナーに展示されていて思わず見落としそうになりますが、普段見慣れていないホルマリンを目の当たりにしてショックを受ける方も多いようです。

資料館を出てから「食事が喉を通らない」というツイートがいくつか見られました。

 

犠牲者の方の気持ちを考えると「トラウマ」という表現は良くないと思いますが、医療従事者ではない素人が亡くなった人の組織のホルマリン漬けを見るのはさすがに辛いかもしれません。

くまきちくん
原爆について知ることも大事だけど、気持ちの整理がつかないね…。

 

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広島平和記念資料館(原爆資料館)は吐き気に苦しむほどグロい?

広島平和記念資料館の展示物※日数はLED電球のため写真に写りませんでした。

近頃では「ショックを受けたくないから…」と、資料館を避ける人が多くなっているそうです。

核のおそろしさや原爆そのものの現実を知るためにも、原爆資料館を避けるべきでないことは事実ですが、実際にはその悲惨な現実を目の当たりにすると吐き気にみまわる方もいます。

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本館がリニューアルしてからは、館内はCG再現や写真資料がキレイに展示されて、現物は被爆者が身に着けていた衣服やカバン、帽子などの持ち物が中心に展示されるようになりました。

被爆者が描いた原爆当日の絵もたくさん掲示されていたのが印象的です。

大やけどを負って皮膚をぶらさげて彷徨う姿や、飛び出た目を手で受け止める子どもの絵、全身のやけどで体がパンパンに膨れている人など、目を覆いたくなる絵がいくつも掲示されていました。

我が家の小学生の子どもはここでリタイアです。

「怖いよ。見たくない!」と言うので、抱っこするとずっと目をつぶっていました。

 

パン子さん
戦争や核爆弾の説明より、被爆者にフォーカスされた展示が多かったね。

被爆者の写真と日記がパネルになっていて、その方の気持ちがよく伝わる展示でした。

 

しかし昔の資料館を知る方は、展示物が大幅に入れ替わっていると指摘しています。

くまきちくん
今の状態でマイルドになったとは…。

 

資料館がリニューアルしてからは「まるで美術館のようだ。」と言う方もいました。

旅行口コミサイトによると、開館当初は「原爆のありのまま」が分かる生々しい展示物が多かったそうです。

出血斑のある舌や脊髄といった体の組織も展示されていました。

原爆で亡くなった方の年齢分布を見ると12~13歳の子が一番多かったため、被害に苦しむ残酷な写真も多かったそうです。

資料館の中で泣き出す人がいたと言うほどなので、当時もかなりリアルな展示だったんですね…。

 

資料館へ行って吐き気に悩まされた方の声を見てみると…

吐き気がして耐えれず、途中で見るのをやめて退館した人もいました。

広島平和記念資料館は決して忘れてはいけない戦争と原爆を後世に伝えていく場所であり、歴史的な出来事を正面から見据えることは大事ですが、リラックスして見学しに行くところではないかもしれません。

しかし一度は必ず訪れて、平和とは何かを自分なりに考える必要がありますね。

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