石原慎太郎のかくし子の現在の年齢や顔画像は?職業と愛人女性との馴れ初めも

石原慎太郎の隠し子

2022年2月1日に石原慎太郎さんが膵臓がんのため89歳でお亡くなりになりました。

亡くなる直前まで自宅でワープロを立ち上げ、小説の執筆活動をされていたそうで、また1人の日本の大事な才能が失われたのが残念でなりません。

 

そんな石原慎太郎さんには4人の息子さんがいて、それぞれが芸能人や政治家として活躍されていますが、他にもかくし子がいることが明かされています。

現在、そのお子さんはどうされているのでしょう?

そこで今回は、石原慎太郎さんのもう1人のお子さんに注目していきたいと思います。

  • 石原慎太郎さんのかくし子の年齢
  • 現在の様子や職業について
  • 愛人女性と石原慎太郎さんとの馴れ初め

これらについてまとめます。

 

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石原慎太郎さんのかくし子の現在の年齢や顔画像は?

石原慎太郎さんには、当時の愛人だった銀座の元ホステスさんとの間にお子さんがいます。

世間で言うところの隠し子にあたる子です。

 

石原慎太郎さんと出会ったのは1981年頃のことで、当時にホステスさんが働くお店で出会い、愛人関係となりました。

石原慎太郎さんが49歳で、ホステスさんが22歳の頃でした。

1981年と言えば、弟の石原裕次郎さんが倒れて解離性大動脈瘤の手術を受けた頃です。

パン子さん
そんな大変な時に出会いがあったの!?

今でこそ既婚者に愛人がいるなんてご法度ですが、一昔前は地位ある男性が妾(めかけ=愛人)を囲うことは普通のことだったそうですよ。

ちょっと今の時代では考えられませんよね。

 

その後ホステスさんは妊娠して、24歳の頃に石原慎太郎さんの子どもを出産しています。

名前は慎太郎の「太」と、今は亡き弟の裕次郎さんの「裕」を取って裕太と名付けたそうです。

 

石原慎太郎さんは、一度も愛人女性と息子には会いませんでしたが、成人するまでの20年間は養育費として毎月20万円を支払う約束をしたそうです。

しかしそれだけでは生活ができないので、愛人女性は出産を機にホステスの仕事を辞めて、都内の有名ホテルのレストランで皿洗いのパートをしたり、スーパーのレジ打ちなどの仕事をしてシングルマザーとして働いていたそうです。

 

そして裕太さんが9歳になるまでは東京で暮らし、その後は東京を離れて実家のある新潟県に引越しています。

石原慎太郎さんが正式に息子さんを認知したのは、1994年の裕太さんが11歳の頃でした。

別の男性と結婚せずに女手一つで男の子を育てあげたことを考えると、大変な苦労があったでしょうね…。

 

それから裕太さんが高校卒業後に東京の大学へ進学するときは、母も一緒に上京して下町のマンションで2人で暮らしていました。

裕太さんは身長が高くて、顔つきはどちらかというと裕次郎さん似のイケメンなんだそうです。

2022年で39歳になる裕太さんですが、ちょうど石原裕次郎さんが37歳だった頃の画像がありました。

顔の印象はこんなイメージでしょうか。

濃いめのお顔立ちなんですかね?

裕太さんのお顔が分かる写真は他に見当たりませんが、裕次郎さん似であれば目鼻立ちがはっきりした顔つきをしているかもしれません。

 

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石原慎太郎さんのかくし子(裕太さん)は職業は何してる?

愛人女性の父親へ取材によると、息子の裕太さんは30歳の頃まではアルバイトを転々としていましたが、その後は無事に就職されたそうです。

大学進学から東京で暮らしており、裕太さんは「就職活動で父の世話にはなりたくない。」とキッパリと話していたそうです。

自分の意志をしっかり持った息子さんなのが伝わりますよね。

 

息子さんが現在はどんな職業に就いているのか、愛人女性の現在については報道がないので知る術すべはありませんが、もしかしたら今も東京で暮らしているのかもしれません。

 

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石原慎太郎さんの愛人はどんな女性?馴れ初めは?

元ホステスだった愛人女性は、身長160cmくらいで色白のぽっちゃり体型の美女だったそうです。

石原慎太郎さんの好みのタイプの女性だったと言われてます。

 

当時代議士だった石原慎太郎さんは、愛人女性のお店によく顔を出していました。

多忙な仕事の合間を縫って、愛人を含む3人のホステスと、石原慎太郎さんらの男3人で沖縄旅行へ出かけたこともありました。

民宿の一部屋に男女6人で泊まり、一週間ほど滞在したそうです。

 

週刊新潮の当時の記事によると、愛人女性は素人っぽい普通の女の子で、お店のママからも気に入られていました。

そんな彼女が「この前、慎太郎さんの別荘に行ったのよ。」とうれしそうに話していたので、交際しているのかな…と周囲は勘づいていたそうです。

 

その後に妊娠が発覚するのですが、それは修羅場だったそうです。

愛人女性が石原慎太郎さんが泊っているホテルに押しかけ、「どうしてくれるのよ」と部屋のドアを叩き続けましたが反応はなく。

その後、石原プロの幹部がお店のママを含めて話し合いをして、結局は女性が24歳の頃に出産しました。

慎太郎さんは、彼女の妊娠が分かってから一度も会うことがなかったそうです。

ご自身では対応せずに姿も見せなかったとのことで、正直言って残念な対応ですね…。

 

その後、石原慎太郎さんが1999年4月に東京都知事選に初当選したときに、会見で愛人と隠し子がいることを認めて、

「若気の至りというか、私の不徳というか、そのことについては男として、十全の責任を取ったと思います。」

そう弁明されました。

養育費を支払っているので、十分な責任を果たしたと語っておられます。

 

石原慎太郎さんは愛人女性と隠し子の存在が報道されたことで、息子さんから連絡が入り、会うことになったと記者達に話してました。

その後ちゃんと会えたのでしょうか?

もし会えていたなら、久しぶりの再会が父の葬儀だなんていくらなんでも悲しすぎますよね。

 

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