ゾマホン(たけし付き人)の指を切断した事故の原因とは?画像についても

こんにちは。あこぽんです。

ゾマホンさんと言ったら

『ココが変だよ日本人』で、
おもしろ発言を連発していた
人気外国人タレントさんです。

 

しかし、ここ何年も
とんと見ていないと思ったら、

北野武さんの独立騒動で
インタビューに答えている姿を見かけました。

なんとゾマホンさんは現在、
たけしさんの付き人をされているのですね!

たけしさんの付き人だけでなく
以前はベナン駐日大使のお仕事もしていたり‥と
多方面で活躍されていました。

 

そんなゾマホンさんは、
以前、来日してから指を切断してしまう
事故に見舞われたのだそうです。

そんな事故とは一体どのような
状況だったのでしょうか?

 

そこで今回は

・ゾマホンさんが遭った事故の状況について
・ゾマホンさんの手元の画像

これらについて探ってみることにしました。

それでは見て行きましょう!

 

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ゾマホン・ルフィンさんのプロフィールと経歴

本名:ゾマホン ルフィン(Zomahoun Idossou Rufin)
生年月日:1964年6月15日
国籍:ベナン共和国
身長:170㎝
体重:80㎏
足のサイズ:26.5㎝
血液型:O型
趣味:山登り,踊り
特技:語学(英、中、仏),踊り
運転免許証:国際免許証(普通自動車)

 

”おもしろ外国人タレント”として
抜群の知名度を誇るゾマホンさん。

出身国は、ベナン共和国という国なんですね。

 

くまきちくん
ベナン共和国って初めて聞いたよ~どこにあるのかな?

 

どこにあるのか地図を見てみると‥

ベナン共和国は西アフリカにある国で、
ご近所にはナイジェリア
エジプト、リビアなどがあります。

 

ベナン共和国の公用語はフランス語ですが、

ゾマホンさんは、フォン語、フランス語、日本語、中国語、ヨルバ語、英語6か国語を話す
マルチリンガルなのだそう!

 

なぜそもそもこれだけの言語を
駆使することができるかというと、

幼少期に父を病気で亡くしたゾマホンさんは
叔父の自宅から中学校に通っていたそうで、

当時のベナンの義務教育は有料でしたが、
父が貧しいながらも教育熱心で
小学校に通わせてくれたため、

ゾマホンさんは勉強好きになったのだとか。

 

パン子さん
勉強好きになったきっかけが、幼い頃の学習環境にあったなんて興味深いわね。
くまきちくん
ボクは根っからの勉強嫌いだけどね(笑)

 

勉強が大好きで成績優秀だった
ゾマホンさんは、

ベナンにある唯一の国立ベナン大学に
合格したという努力家でした。

 

そんなゾマホンさんが
日本に興味を持ったのは

中学時代に、南京事件のことを学び、
日本は『ちょんまげを結っている野蛮な国』
だというイメージがあったそうです。

しかし、日本は小さい国なのに
ベナンと比べものにならないくらい
先進国だったので、
疑問に思ったいたとのこと。

それが日本に興味を持ったきっかけでした。

 

しかし、それからすぐに
来日したわけではなく、

ベナン大学で漢字を習ったことから
中国北京語文化大学へ国費留学し、
中国語と文化について学びました。

学業のかたわら大使の通訳や
車の清掃でアルバイトをして、
そのお金を家族に送金していたんですって。

 

パン子さん
学生の身で、家族に仕送りしていただなんて泣けるわ‥。ゾマホンさんって家族思いなのね。

 

そこで修士課程修了後に
中国で知り合った日本人の友人を頼って
1994年に来日したゾマホンさん。

 

東京で日本語学校に通いながら、
ビデオカメラの部品製造工場、語学講師、引っ越し屋など

いろんなアルバイトをしながら
学費を捻出していました。

 

勤勉家だったゾマホンさんは
日本語学校を卒業した後は、
上智大学大学院に研究生として入学。

そこで博士課程の試験に合格されています。

これだけのハードな生活のなかでも
試験に合格されているのは、
努力だけではどうにもならない部分。

やはりゾマホンさんは
相当頭がキレる人だったことが分かりますね!

 

そんなゾマホンさんは日本へ来て
識字率の高さと、日本の発展ぶりを見て驚き、
母国ベナンに小学校建設を決意し、

自分の働いたお金と
出版した本の印税を投じました。

 

そのときの本がこちらですね。

 

 

たけし小学校を始めとする
7校もの学校を設立し、
母国の教育に大きく貢献してきました。

 

そんなゾマホンさんが
テレビ出演するようになったのは、

とあるラーメン屋さんで
芸能事務所のスタッフに
スカウトされたのがきっかけでした。

 

『日本語話せる?テレビ出ない?』

と急に話し掛けられ、

生活苦だったゾマホンさんは
1回の出演料1万5千円に魅せられ

ビートたけしさん司会の
『ここが変だよ日本人』のスペシャル番組に
出演しました。

 

普段の疲労から収録中に居眠りし、
眠りから覚めたあとに
好き勝手しゃべったらそれが大ウケし、

変なアフリカ人として人気になったんですね(笑)

 

それを機に、外国人タレントとして
芸能活動を始めました。

北野たけしさんを尊敬していた
ゾマホンさんは、オフィス北野へ移籍し
たけし軍団に所属。

 

それから駐日大使に就任してから、
一度オフィス北野から離脱したものの
駐日大使の任務終了後にオフィス北野へ復帰。

2017年にたけしさんの付き人になりました。

 

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指を切断してしまった事故の状況とは?画像も

 

日本へ来たときに

午前中→日本語学校
午後→アルバイト

という多忙な毎日を送っていたゾマホンさん。

 

その過密スケジュールぶりは
驚くことに睡眠時間は1日3~4時間で、

少ないときは
1~2時間のときもあるくらい
自分の体にムチを打っていたのだそう。

そのハードな生活が災いして
胃潰瘍になったこともあったほどでした。

 

しかもそれだけ働いても生活費が足らず、

1日1回の食事で、
公園の水を飲んで暮らしていたというから
頭が上がりません。。

 

そんな超人的スケジュールを送っていた
ゾマホンさんは、

留学のときに保証人となってくれた男性が
経営する工場で急に眠気が襲ってしまい

機械で左手の人差し指を切断してしまう
事故に見舞われてしまいました。

 

その男性が入院費から治療費など
すべてを負担したそうで、

今でもその男性のことを『神様』と敬っているのだそうです。

 

ゾマホンさんの人生は
その男性からの影響がとても大きく、
だんだんと

日本とベナンをつなぐ掛け橋になりたい

と思うようになり、
上智大学大学院へ進学したんですね。

日本でのお父さんみたいな
位置づけだったのかもしれません。

 

さて、ゾマホンさんが
事故で失ってしまった
左手人差し指が写る画像を見てみました。

 

たしかに人差し指の第二関節まで
無くなっています。

これがゾマホンさんの努力の証だと思うと、
本当に胸がいっぱいになってしまいます。

 

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まとめ

 

・ゾマホンさんは来日後、日本語学校に通うため、学校に通いながら夜遅くまで働く毎日を過ごしていた努力家の勤勉家だった。

・当時の工場勤務時に、眠気に襲われて、左手の人差し指を切断してしまった。

 

たけしさんの付き人になって
まだ1年少々というゾマホンさん。

また近頃、バラエティにもちょこちょこと
出演しておられるので
今後の活躍に期待したいですね。

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