舞いあがれの才津祥子に夫がいない理由はなぜ?死別か離婚かどっち?

才津祥子に夫がいない理由

朝ドラ『舞いあがれ!』で、主人公の岩倉舞は母のめぐみの実家がある長崎県の五島に訪れています。

自然の多い五島での暮らしでは、舞は新しい体験ばかりで毎日が刺激的な様子ですよね。

 

現在はおばあちゃん(才津祥子)の家に身を寄せていますが、祥子は実家で一人暮らしをしています。

一体なんで才津祥子は夫がいないんでしょうか?

ぼんやりドラマを見ていたら、肝心なところを見逃したようです。

物語に関わる大事な部分かもしれないので、今一度ドラマを見て振り返ってみました。

  • 才津祥子の夫(めぐみの父親、舞の祖父)がいない理由
  • 岩倉めぐみが実家に帰るのを迷っていた理由

あわせて岩倉めぐみと母親とのわだかまりにも注目してみました。

 

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朝ドラ『舞いあがれ!』才津祥子に夫(舞の祖父)がいないのはなぜ?死別か離婚どっち?

長崎県西部の五島列島で生活を送る主人公の舞の祖母・才津祥子(めぐみの母親)は、現在 島で一人暮らしをしています。

小学生の舞は体が弱いことから、環境を変えてみるよう医師から提案を受けて、めぐみの故郷である長崎県の五島へ帰ることになりました。

五島へ帰ると、母の才津祥子は古い一軒家で一人暮らしをしていました。

昼間は畑仕事をしたりジャム作りをして、夜はガラーンとした家で一人で過ごしています。

 

才津祥子が自宅で一人暮らししている理由は、夫が亡くなって未亡人となってしまったからです。

パン子さん
離婚したからではないんだね。

 

才津祥子の夫(めぐみの父・舞の祖父)は、才津ゆういちと言います。

才津祥子の夫と舞の祖父

ⒸNHK

才津ゆういちは腕の立つ漁師で、祥子と一緒に沖に出てはたくさん魚をとって帰ってきたという思い出話を船大工の木戸豪(哀川翔)が舞に懐かしそうに話していました。

しかし、その後にゆういちは病気か事故なのかは分かりませんが先に亡くなってしまったので、祥子は船を受け継ぎ、女手一つで娘のめぐみ(永作博美)を育て上げました。

岩倉めぐみは母子家庭で育ったんですね。

そんな才津祥子は、夫の帽子とジャンパーを着て2人の船を今は1人で操縦しています。

夫をどれほど愛していたかが伝わってきますよね。

 

そんな才津祥子は、自分の力で生きていくことをモットーにしています。

娘のめぐみが東大阪に帰っていき、五島で祥子と舞との2人暮らしが始まった時も、

祥子は舞を朝起こさないので小学校は遅刻してしまうし、めぐみがいたら危ないからやらせなかっただろう びわ狩りの手伝いなどもどんどんやらせていました。

舞には自分の力で生きることの大切さを教えたかったんですね。

 

第4話ではめぐみが祥子になぜジャム作りを始めたか聞くと「若い人が島を出て行って人が減ってしまい、庭木に果物がなっても食べ切れずに腐ってしまって、もったいないからジャムを作ることにした。」と話していましたが、

生活スキルの一つとして自給自足する力が身についているのが分かりますよね。

 

第7話では、収穫したびわでジャム作りをしている時に、

おばあちゃんは、いろんな物作れるんやなあ
祥子
一人やけん なんでも自分でやっとさ。
さみしないの?
祥子
平気たい!島のみんながおる。

夫がいなくとも寂しがらず、気丈に振る舞う祥子の姿がありました。

島のみんなとの絆の深さが感じられる一言でもありますよね。

 

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『舞いあがれ!』で岩倉めぐみが実家に帰るのを迷っていた理由はなぜ?

当初、岩倉めぐみは五島列島に帰ることを躊躇している様子でした。

舞の体調を気にした夫の岩倉浩太(高橋克典)に「舞を連れてしばらく五島に行ってみいへんか?」と言われても、「工場の仕事と息子・幸穏の面倒もあるから…」と乗り気ではないめぐみ。

でも他にも実家には帰れない理由があるようで…

めぐみ
今さらお母さんに頼られへん。
浩太
いつまでも昔のことで意地張ってられへん。

めぐみは前を向いて深刻な表情を浮かべていました。

くまきちくん
何か帰りづらい理由があるの?

結局はこのままではいけないから…と説得されて、めぐみと舞の2人は五島列島へ帰ることになりました。

 

第3話では、久しぶりに故郷の五島に降り立っためぐみを母親の才津祥子が出迎えに来ていました。

「お母さんお久しぶりです…。」と神妙な面持ちで挨拶していましたね。

そして祥子も仏頂面で「およ。」と、一言返すだけ。

舞がはじめましての挨拶をしても「およ。」と返すだけなので、舞はおばあちゃんが怒っているのかと、めぐみに尋ねていました。

この微妙な距離感はなぜなのか気になりますよね。

 

実は岩倉めぐみは、大学時代に大学を中退して当時交際していた浩太と駆け落ち結婚した過去がありました。

「家には二度と帰らない!」と言い放って、めぐみは出て行ってしまいました。

母子家庭で母ひとり子ひとりの親子だった才津祥子や、めぐみの子ども時代から知っている島の人達からもそれは心配しました。

岩倉めぐみは駆け落ち婚をしてから母祥子と連絡を一切絶っていたので、地元に帰ることを迷っていたのでした。

いわゆる母娘はケンカ別れをして、十数年会っていないことになります。

 

たしかに急に大学をやめて、今まで育ててもらった母親に知らん顔して結婚したらそれは帰郷しづらいでしょう。

パン子さん
祥子も心にぽっかり穴が開いてしまったような寂しさがあったんじゃないかな。

 

ずっと連絡していなかったので、才津祥子はめぐみの家庭のことを何も知らないと思っていましたが、実は夫の浩太が義母の祥子を案じて、めぐみには内緒で毎年年賀状を出していたのでした。

親子の写真入りの年賀状を送り続けたので、元気にやってることは知っていたと言います。

浩太のフォローもあったおかげで母娘のわだかまりはすぐに解消されましたが、それでも言い合いになる場面はいくつかありました。

頑固で男勝りな祥子と、心配性な一面のあるめぐみとで支え合って生きてきたんですね。

自分の子どもに見せる顔と、親に見せる顔では違うものなんだなと思いました。

しかし、娘の舞の一件で親子の関係が修復できたようで見てる方も安心しましたね。

 

まとめ

  • 才津祥子に夫がいない理由は死別したから。
  • 岩倉めぐみが実家の五島に帰りたくなかった理由は、大学時代に浩太と駆け落ち婚をしたから。
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