どうする家康の木彫りのうさぎは史実?意味や瀬名とのエピソードを紹介!

どうする家康の木彫りのうさぎ

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徳川家康がドラマの中で大事そうに扱っている木彫りのうさぎ。

妻・瀬名との思い出を回想する場面でよく登場してますよね。

パン子さん
何か考え事をするとき、うさぎを握って思いを馳せてるよね。

 

この木彫りのうさぎには、一体どのような意味があるのでしょうか?

また史実として、瀬名と木彫りのうさぎのやり取りがあったのかも気になります。

そこで今回は、ドラマに登場する木彫りのうさぎについて見ていきたいと思います。

 

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【どうする家康】木彫りのうさぎは史実?

『どうする家康』で、家康と瀬名との間でやり取りされた木彫りのうさぎですが、これは実際の歴史でも登場していたのでしょうか?

江戸幕府の公式史書『徳川実紀』などの手に入る書籍を読んでみたところ、教科書には載っていない家康の裏エピソードなどは知ることができましたが、木彫りのうさぎのエピソードまでは確認できませんでした。

くまきちくん
そこまでの小話はなかなか見つからないか…

 

大河ドラマは、史実を踏まえ、ときには創作をまじえて展開するエンターテインメント作品です。

やはり『どうする家康』もフィクションを盛り込んでおり、細かい設定や話の展開などが史実とは違うと話題になることもありますよね。

例えば、”側室のお葉が同性愛者”という設定だったり、お市の侍女である阿月は実在しないキャラクターだったりと、大河ドラマは創作で溢れています。

パン子さん
織田信長陣営に浅井長政の謀反を知らせるために40km走った阿月は、実は架空の人物だと分かって話題になりました。

物語を展開させるためのこうした創作がいくつか見られるのです。

 

次の見出しでもお伝えしますが、「木彫りのうさぎ」は家康と瀬名とをつなぐ重要なアイテムです。

またドラマでは、家康を”うさぎ”として見立てているので、木彫りのうさぎを登場させる必要があったと考えられます。

つまり木彫りのうさぎは史実ではなく、創作の可能性がありそう。

くわしくはドラマでの登場場面と照らし合わせて見るとよく分かりますので、ぜひ以下の見出しを読み進めてください。

 

【どうする家康】木彫りのうさぎとは?どんな意味がある?

家康が大事そうに扱っている木彫りのうさぎは、第17話の三方ヶ原の戦いに向かうときに家康が作ったものです。

武田信玄との大勝負の前に、瀬名に一目会っておきたいと築山へ訪れた家康。

息子・信康は妹思いで虫も殺せなかったのに、戦をする歳になった…と夫婦で話すシーンで、家康は少年時代を思い出すように木彫りのうさぎを彫ってました。

どうする家康の木彫りのうさぎ

ⒸNHK

 

この木彫りのうさぎを瀬名に手渡して…

家康:「これはわしの弱い心じゃ。ここへ置いていく。持っててくれ。
瀬名。そなたは何があっても強く生きろ。」

瀬名:「いつか必ず取りに来てくださいませ。殿の弱くてやさしいお心を。瀬名はその日を待っております。」

引用:NHK大河ドラマ『どうする家康』

うさぎに自分の弱い心を封じ込めて、瀬名には何があっても強く生きろと語りかけたのです。

家康は募る思いを断ち切って武田信玄との戦いへ。三方ヶ原へと出陣します。

 

【第一話】木彫りのうさぎで遊ぶ少年時代の徳川家康

はじめて木彫りのうさぎが登場したのは、第一話の家康の少年時代です。

時をさかのぼると、家康と瀬名との馴れ初めにも木彫りのうさぎが出てきました。

 

少年時代の家康は手習いをさぼって雑木林で遊んでいました。

木彫りのうさぎと馬でごっこ遊びをしていると、花を摘みに来た瀬名と鉢合わせます。

無邪気に遊ぶ姿を目撃されて恥ずかしかった家康は口止めしますが、「木彫りのうさぎをくれないと周りに言いふらします」と瀬名に脅かされながら、2人は仲良く遊んでいました。

第一話で登場した木彫りのうさぎは、今の家康が持ってるうさぎとは別物ですが、子どもの頃に瀬名と初めて一緒に遊んだ思い出深いアイテムなのです。

 

そもそもなぜ『うさぎ』なのか?

『どうする家康』では、家康が弱いウサギ信長が強いオオカミに例えられてきました。

なぜかと言うと、今まで家康が生まれた松平家では、家康は寅年寅の日寅の刻に生まれた男児”だと言い伝えられてきましたが、本当は年をまたいでうさぎ年に生まれたという裏エピソードがあったからです。

強い武将のイメージを植え付けたかった母・於大の方が「寅年に生まれた」ことにしたのです。

ここから「家康=うさぎ」の描写が始まります。

 

家康が幼い頃に織田家の人質だった頃、若侍たちが集まる寺に連れていかれ、相撲を取らされていました。

相撲と言っても、信長と屈強な小姓たちの餌食となって毎日投げ飛ばされていたのです。

家康は信長に見下されて、「かわいいのう。白い子うさぎのようじゃ」と弄ばれていました。

実は、子どもの頃も「うさぎ」と言われてきたんですね。

 

家康が木彫りのうさぎを作った理由は…

  • 瀬名と木彫りのうさぎで遊んだ少年時代の思い出を象徴してる
  • 「うさぎ=自分自身」を表している

というわけなんですね。

 

つまり、うさぎには2つの意味が込められていると思います。

  • うさぎ=瀬名との思い出
  • うさぎ=家康(自分自身)

木彫りのうさぎは家康自身でもあり、妻・瀬名との思い出でもある。

実は深い意味が込められているんですね。

『どうする家康』が放送されている2023年もうさぎ年なんですよね。徳川家康が生まれたうさぎ年と同じ。不思議なご縁を感じます。

 

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【どうする家康】木彫りのうさぎに関する瀬名とのエピソードを紹介!

第23話『瀬名、覚醒』

どうする家康の木彫りのうさぎ

ⒸNHK

家康が新たに側室をめとることになり、於愛がお葉とともに築山へ挨拶をしに来ました。

瀬名は於愛の正直で明るい性格が気に入ったようです。

「もうこれで殿も安心じゃ…」とつぶやきながら、うさぎを見つめて思いを巡らせる瀬名。

瀬名は戦乱の世をおさめるにはどうするべきなのか考えていました。

 

第25話『はるかに遠い夢』

どうする家康の木彫りのうさぎ

ⒸNHK

謀反の疑いをかけられ、処刑されることになった瀬名。

築山の縁側に腰かけ、木彫りのうさぎを見つめていました。

迎えの家臣がやって来ると、瀬名は立ち上がって大事そうに着物の袖にうさぎをおさめて築山を後にします。

 

瀬名が自害する瞬間、「あなたが守るべきは国でしょう。」「国などどうでもいい。わしが守りたいのはそなただ。」「昔、父と母がいつか自分の大事なもののために命をかけるときが来ると。すべて背負わせてください」

嗚咽して泣く家康と家臣に「城へ戻り、安寧の世を作りなさい」と伝えると、

「そんなことわしにはできぬ」と泣きじゃくる家康に木彫りのうさぎを手渡します。

家康から託された木彫りのうさぎを、今度は瀬名が渡したのです。

瀬名は「うさぎはずっと強うございます。オオカミよりもずっとずっと強うございます。あなたならできます。必ず。瀬名はずっと見守っております。」と力強く伝えました。

どうする家康の木彫りのうさぎ

ⒸNHK

木彫りのうさぎをぎゅっと握る家康。その手に瀬名は最後の口づけをしました。

 

第27話『安土城の決闘』

うさぎを見つめながら、瀬名と過ごした日々に想いを馳せる家康。

於愛との間には2人の子どもに恵まれましたが、子どもの成長とともに、”どうにかこの乱世を生き抜いて欲しい。信康の二の舞にならないように…”と願う気持ちが強くなっていくばかり。

家康は、妻・瀬名と息子・信康を亡くしてから、もう誰にも大切なものを奪わせはしないと固く誓っていたのです。

瀬名の形見となった木彫りのうさぎを大事そうに袋にしまい、家康は覚悟を決めた様子でした。

織田信長を討つー。

武田を滅ぼした祝いの宴に招かれ、織田信長のいる安土城へと向かいました。

 

第28話『本能寺の変』

織田信長の妹・お市に「兄のたった一人の友です」と言われた家康は、夜に一人で考え事をしていました。

信長を討つと決めたものの、お市に心を揺さぶられてしまいます。

 

うさぎをそばに置いて、瀬名との別れ際に言われた「うさぎはオオカミよりずっと強い。あなたならできる。」という言葉を思い出していたのです。

それと同時に、織田信長を討とうとしていることを本人に見破られ、「待っててやるさ。やってみろ。」と言われたことを思い出します。

色んな思いが交錯して、うさぎを持ち震えながら叫ぶ家康。

しかし、その後織田信長が本能寺で亡くなったことが伝えられました。

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